明治神宮野球場

新宿区霞ケ丘町と港区北青山にまたがり、赤坂御苑に隣接している明治神宮外苑は、明治天皇の業績を讃えるために建設された洋風庭園である。明治神宮野球場は、国立競技場(2014年5月閉鎖)や秩父宮ラグビー場と共に、この外苑に中にある。

プロ野球球団東京ヤクルトスワローズの本拠地として有名で、東京六大学野球、東都大学野球1部リーグも開催される球場である。

所有者は、宗教法人明治神宮である。

「東京ヤクルトスワローズの本拠地」と書いたが、実は優先使用権は東京六大学野球連盟及び東都大学野球連盟の方に認められている。これは、当野球場建設時や観客席の拡張時に、東京六大学連盟が工事費用の一部を拠出した経緯によるものである。

東京六大学連盟設立は大正14年(1925年)、明治神宮野球場の竣工は大正15年(1926年)であり、両者の歴史は軌を一にしている。当野球場は、大学野球の「聖地」である。

写真は、2017年⒎月29日(土)、全国高等学校野球選手権大会(いわゆる「夏の甲子園」)の東東京地区予選の決勝戦、東海大付属高輪台高校ー二松学舎大付属高校、の試合前の挨拶である。試合は9−1で二松学舎大付属高校が勝利した。

なお、現野球場は築90年を越えている。2020年東京オリンピック後に現・秩父宮ラグビー場に新しい野球場を建設し、現野球場は取り壊される計画となっている。

内野側最上段からの眺めである。最上段まで登る階段は、築90年だけあって石造りで幅が狭く、登って行くのはやや怖かった。

<アクセス>

東京都新宿区霞ヶ丘町3番1号

東京メトロ銀座線・外苑前駅より徒歩5分

 

渋谷の景色~道玄坂/宇田川町方面

ここでは渋谷の中心的繁華街が含まれる、道玄坂及び宇田川町のエリアを取り上げる。

渋谷駅周辺エリアは、こちらへ。

<セルリアンタワーと国道246号線>

 

渋谷駅から道玄坂方面へ桜ヶ丘・南平台方面に進む途中にセルリアンタワーの姿が目に入ってくる。セルリアンタワー東急ホテルやGMO本社が入居している。下を走るのは国道246号線、及び首都高速(高架部分)である。

国道246号線は、起点は東京都千代田区の三宅坂交差点であり、終点は国道1号に合流する静岡県沼津市である。通称「にー・よん・ろく」、場所により「青山通り」、「玉川通り」、「厚木街道」など呼び名を変えている。ほぼ東名高速、東急田園都市線と並行に走っている。

国道246号線は、元は東海道の脇街道として発達した「足柄道」であった。終戦後、国道1号線(元の東海道)は車線拡幅に限度があるため、拡幅が進められた。

<渋谷マークシティ>

<道玄坂>

<道玄坂道供養碑>

上記はJRまたは銀座線の渋谷駅を下りて、渋谷マークシティーを抜けた先にあり、道玄坂上交番前の交差点に面している。渋谷には、東に宮益坂、西に道玄坂がある。その昔薄暗い場所で、山賊が出たという。こちらの石碑は、坂の名の由来となった「道玄」という山賊を説明している。現在も、道玄坂の路地は風俗店やホテルの入る小型ビルが密集しており、薄暗い雰囲気が継続している。

<道玄坂上交番前>

 

筆者がよく昼食に使う道玄坂の2件の店舗である。詳細は割愛する。

<しぶや百軒店(しぶやひゃっけんだな)>

渋谷のかつての中心的繁華街である。

 

<タワーレコード>

スクランブル交差点から、宇田川町方面へ向かう途中にある。1990年代には渋谷は、特に宇田川町はレコード店の聖地と呼ばれていたが、昨今の店舗形態での運営は厳しい状況から店舗数は減少している。

<渋谷MEGAドンキ>

渋谷駅からハチ公前を通り、道玄坂を上って東急百貨店渋谷本店の手前にある。近隣にあった渋谷店の閉店後に2017年5月12日(金)にオープン。通常店の顧客層に加えてファミリー層の取込みも狙っている。

<東急百貨店渋谷本店>

昭和42年(1967年)開店。従来は住宅も点在する地域だったが、オープン以降、道玄坂の繁華街への変貌が加速した。

<代々木総合体育館>

かの丹下健三設計で代表作品の一つ。1964年9月、最後は突貫工事になりながら、東京オリンピックの39日前になんとか完成した。

<NHK>

左中央には「スタジオパーク」のモニュメントみたいな看板が見える。右には「代々木公園」入り口がある。(「代々木公園」はいまやポケモン聖地のひとつであるが、それはまた別の機会に。)

東京メトロ千代田線・根津駅

東京メトロ千代田線の根津駅は、千駄木駅と並んで谷根千に直アクセスできる駅であり、谷根千のお散歩を楽しむには欠かせない。文京区内には、JRの駅は存在しない。谷根千の手近なアクセスは、東京メトロ千代田線及び都営バスであり、さもなくば徒歩10分程度の移動を行ってJR(上野駅、鶯谷駅)または京成電鉄(京成上野駅)を利用することになる。

千代田線は、代々木上原駅から綾瀬駅まで19駅ある。代々木上原駅からは小田急線に直通しており、また綾瀬駅からはJR常磐線に直通している。停車駅としても、明治神宮前駅(JR原宿駅)、表参道駅、国会議事堂駅、日比谷駅(JR有楽町駅が近隣)、大手町駅(JR東京駅が近隣)、西日暮里駅(JR西日暮里駅)など、都内の要所が含まれており、日常での利便性は高い。

千代田線は10両編成であり、駅出口は10両編成列車のほぼ先頭と最後尾のそれぞれの付近に2か所ある。降り口を誤ると概ね200メートルを歩くこととなり不便であるため、目的地にあった出口を選択すべきである。

<根津交差点口(北側の出口)>

  

不忍通りと言問通りが交差する「根津交差点」が目の前にある出口である。目的地が、根津神社、根津ふれあい会館、藍染大通り方面である場合はこちらの出口がお薦めである。

まずは「根津の街並みを散歩したいな」という方にはこちらの出口から出た方がいいだろう。

忘れ物対応などをしつ行う事務室は、こちらの出口にある。

<不忍口(南側の出口)>

  

不忍池方向で、文京区と台東区池之端の境界近くの出口。目的地が不忍池の他、上野動物園不忍口、水月ホテル鴎外荘に行く場合はこちらの出口の方が近い。横山大観記念館に行く場合は、根津駅不忍口よりも、隣の駅である湯島駅の方からの方がやや近い。

池之端から不忍池を散策したい、という方にはこちらの出口から出た方がいいだろう。

改札内には、「メトロ文庫」が設置されている。有志が持ち寄った文庫本等を借りることができる。

ホーム・改札階から地上に上がることのできるエレベーターは、こちらの出口にのみ設置されている。

上の写真は、根津駅の不忍口から出て、不忍通りから南側を眺めたところである。文京区(根津)と台東区(池之端)の境界がすぐそこにあることが分かる。遠目に見えるのは、秋葉原に建つダイビルである。

不忍口近くの、不忍通りから路地に入ったところには、あの「はん亭」の建物もある。貴重な日本家屋の姿を残すものであり、重要文化財に指定されている。根津のランドマーク的な存在である。

江戸城の話(その2)ー江戸城と藤堂高虎

江戸城建設には多くの偉人たちが関わっている。よく天海僧正が語られるが、ここでは藤堂高虎を挙げたい。

関ヶ原の戦い以降の天下普請として、江戸城の建設には全国の大名が動員された。当時の日本の築城技術は、西日本にあった。必然的に石垣などの技術を要する普請は主に西日本の大名が動員された。中でも和歌山城や宇和島城の築城で既に実績を残していた藤堂高虎が江戸城の縄張りに携わった。いわば「総合設計」である。

江戸城は武蔵野台地の東端に位置している。関東平野は広いが、一方で東京の街は坂道が多いことが分かる。江戸城は、この武蔵野台地の坂道をふんだんに活かした、巧妙な縄張りとなっている。

藤堂高虎は、近江国生まれで、7人の主君に支えた。順に、浅井長政、阿閉貞征、磯野員昌、織田信澄、豊臣秀長、豊臣秀吉、徳川家康、である。江戸時代以降の「倫理観(?)」からは変節者と捉えられる節があったようだが(※)、戦国時代は実力社会であり、ごく自然な処世だったとも言われている。むしろ実力により、各主君にそれなりに処遇されてきたことを考えると、もっと評価されるべきではないだろうか。

(※)後に戊辰戦争の鳥羽伏見の戦いの際、津藩は旧幕府側劣勢に傾くと真っ先に新政府側へ寝返り、旧幕府側から「さすが藩祖の薫陶著しいことじゃ」と罵られたという。本件が藤堂高虎の「変節」の評価を決定付けた、という説もある。

東京の街の発展は、江戸城の基礎作りに貢献した、藤堂高虎によるところが大きいのではないだろうか。

藤堂高虎は江戸城改築の功もあり、慶長13年(1608年)に伊勢・伊賀22万石へ加増・転封されている。この転封は、徳川方による大坂城包囲網の一環でもあり、藤堂高虎は領内の安濃津城や伊賀上野城の改築も行う。

話が変わるが、「上野」という地名の由来は、藤堂高虎が上記の伊賀上野に地形が似ていることから命名されたという説も語られている。

根津の居酒屋・すみれ


根津の不忍通りから、観音通りと呼ばれる道に少し入った先に、間も無く開業50年となる居酒屋がある。

「居酒屋・すみれ」には、今日も大勢の人間が集う。午後6時の開店時間にはカウンター10席が満員になることもよく見かける。

店内に入ると、そこには「古き良き昭和の居酒屋」の世界が待っている。女将と若女将のちょっとした会話や心遣いが、心温まるひとときを過ごさせてくれる。


特に2012年3月14日に東京テレビ系列のテレビドラマ「孤独のグルメ」で放映されてからは(Season1第11話「文京区根津 飲み屋さんの特辛カレー」)、番組を見たり、追随したブログ等に掲載されることも増え、都内だけでなく全国から訪ねてくる客が後を絶たない。

なお、席数は10席と少ない。基本的に2人まで、多くても3人までの来店がおすすめである。

<メニュー構成>

店内入口近くのカウンター前には、夏季は生ビールサーバが置かれる。オフシーズンには、おでん又は鳥煮込みのズンドウが置かれる。決して広いとは言えない店内スペースが有効活用されている。


その日の食材の仕入れ具合を見て、開店前に、女将がメニューを黒板にチョークで記入する。概ね、右から「本日のスペシャルメニュー」、お新香、すじこ醤油漬け、チーズ盛り合わせなどの「おつまみ系」、豚生姜焼き、豚キムチ焼きなどの「肉料理」、イワシ、マグロなどの「刺身」、鮭やニシンなどの「焼き魚」、カレーライス、お茶漬けなどの「ご飯もの」の順で並んでいる。


やはり定番は、独自のスパイス配合を加えたカレーライスであろう。特に飲んだ後の一皿には、内臓や体中の毛穴を活性化してくれるような刺激を体感できる。大きめに切られたジャガイモ、ニンジンが「日本の家庭のカレー」の暖かさを感じさせてくれる。

その他、土曜・日曜・月曜限定で提供される香り豊かな「手ごねハンバーグ」や、時々出されるアジフライなどの揚げ物系の料理も人気であり、品切れ頻度がとても高い。

<有線放送>


テレビの音量はそこそこに抑えられ、店内は有線放送のミュージックが流されている。1970年代、80年代中心の懐メロ歌謡曲が、店の内装ともマッチして、まさに「昭和」の雰囲気を楽しむことが出来る。

<営業時間・住所>

18:00~25:00
定休日:火曜日、水曜日

東京都 文京区 根津 2-24-8

渋谷の景色~渋谷駅周辺

現在はITベンチャーの聖地となった渋谷。街を歩くと、他所では見られない独特のスポットで一杯だ。(今や、ポケモンとポケモンハンターも一杯だが、それはまた別の機会に。)

ここでは駅周辺エリアを取り上げる。

道玄坂/宇田川町エリアは、こちらへ。

<渋谷駅>

延々と再開発工事が続く渋谷駅。通るたびに通路が変わっている感がある。2027年には駅東側に地上47階のビルが建ち、屋上に展望施設が出来るとか。

江戸、及びそれを引き継いだ東京は、繁栄と人口増加で用地が不足した際には、周辺の街や村を取り込み、新たな江戸(東京)の一部として拡大再生産を重ねてきた。江戸(東京)はそれを可能とする立地に恵まれた。

渋谷は、現在も膨張を続ける東京の、最前線の一つである。いま目の前で行われている工事は、東京が続けてきた拡大再生産の延長線であり、またその現場の一断面だと考えると、近代的な光景とはいえ感慨が深くなる。

渋谷名物の、銀座線が地上に出ている姿である。JR渋谷駅から宮益坂方面へ出て、ヒカリエへ向かう途中の場所である。銀座線車両は数分おきに見かけることが出来る。少々見えづらいが、写真ではオレンジの銀座線の車両が地上3階を走っており、JR山手線(写真右下あたり)よりも上を走る有様はなんとも奇妙な光景と言える。

銀座線開通当時の技術では列車の急な坂の上り下りは困難であったため、平坦なルートを選んだ結果、「谷」である渋谷では地下鉄が地上に露出したものである。渋谷駅付近が「谷」底であること、また東西両側に「宮益坂」、「道玄坂」が控えている地形の特徴がよく表れている。

なお、丸ノ内線の「四ツ谷駅」でも同様の光景を見ることが出来る。

 

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<モヤイ像>

ハチ公像前とともに、銀座線を下りて道玄坂サイドに出たすぐの場所である。先日、ハチ公前の喫煙所が閉鎖されたため、渋谷駅近隣の喫煙所は少なくなった。その影響で、最近はスモーカーとタバコの煙で一杯である。上の写真のモヤイ像右側に見えるのは喫煙所の壁であり、中は喫煙者と煙があふれていた。

そもそもモヤイ像は、伊豆諸島の新島村の名物の石像である。新島村の場所は以下参照。

<ハチ公像>

<スクランブル交差点>



<のんべい横丁>

山手線ガード横に、36店舗がひしめいている。渋谷駅の件の延長線上で再開発の話があるものの、外国人観光客に人気があるため、2020年オリンピックまでは存続するとかしないとか。

高輪大木戸跡

第一京浜沿い三田から品川駅に向かう途中、札の辻を過ぎて泉岳寺に行くまでの道路海岸側に、石垣が一部残されているのが見える。「高輪大木戸」は、当時の東海道沿いに、品川宿を過ぎて江戸に入る際の関所で、言わば江戸の「玄関口」であった。

文字通り、大木戸には木扉が設けられ、交通量の制限や治安の維持の目的で夜は木扉は閉じられたという。木扉の両側には石垣が築かれた。現在残っている石垣の一部はその痕跡である。

甲州街道の玄関である四谷大木戸などは全て取り壊され残されていないため、高輪大木戸跡は当時を偲ばせる貴重な痕跡ではないだろうか。

やや駅などからは離れているため、近隣を散歩しつつ訪ねるといいだろう。



 

おまけに、第一京浜沿いの近隣の風景を少しご紹介。

 

赤穂浪士の墓で有名な泉岳寺。都営地下鉄・泉岳寺駅より坂道を登るとすぐのところにある。

札の辻交差点より少し南に、元和キリシタン史跡がある。元和9年(1623年)に、この付近で50名が火刑、斬首刑に処せられたとのこと。

高輪大木戸跡、札の辻、いずれも、当時の「江戸の端っこ」であることを示す史跡と言えないだろうか。



<アクセス>

 

門前の小僧習わぬ経を読むシリーズ~浄土宗浄心寺

本来なら谷中の寺の事から書くのが、
この「門前の小僧習わぬ経を読む」シリーズにふさわしいのでしょうが、
前から気になっていたんですよ。
この仏像?
向丘2丁目の浄土宗浄心寺の前の建立仏。

私、仏像が好きで、趣味の切り絵で仏像彫ったりしています。
その切り絵はまさに一大芸術であり、我が家の秘仏ですので、
残念なことにお見せする事はできません。
しかしながら、宗教心はありません。
何故好きかと言うと答えようがありません。
あえて言うなら「様式美」にまつわる屁理屈が好きなのです。

そんな「様式美」を壊すこの仏像、とてもファニーです。
親しみやすさでは近年、類を見ない遭遇仏です。
材質はコンクリートでしょうか?いや、絶対コンクリート。
材質そのものがとても前衛的です。
全身はペンキ塗りですな。実に不安定な微妙な造形美です。
それはいわゆる「ゆらぎ」なのです。
この世は諸行無常ですから、このような「ゆらぎ」があって
当然と言えるのです。
仏が纏う衣は流線美があるものですが、このおっさん仏には
見当たりません。
「大体、こんな感じ」で作られたような感じです。
このいい加減さが実に素晴らしい。
何故なら、形の「いい加減さ」と造る「熱意」は別物だからです。
緻密に作られたものだけをありがたがってはいけません。
円空の仏像なんかほとんどいい加減に作ってるように見えます。

このありがたいファニーさは、
「大体、こんな感じ」と言う自由な制作意欲、
その辺りの尊い「お気楽さ」から醸し出しているのでしょう。
まさに自由闊達、なにものにも捕われておりません。
人はそれを「無我の境地」と言うのでしょう。
下から見上げるとより一層、親しみを覚えます。
ゴースタバスターズに出て来た「マシュマロマン」にも
どこか似ております。
表情を伺うところ、このおっさん仏まだ解脱はしていないようです。

「親しみ」と書きましたが、この場合「ご利益」があるかどうかは別です。
手を合わせたりはしませんし、またそんな人も見た事はありません。
浄心寺の看板がわりなのでしょう。
この仏、いや、おっさん仏は誰?
大黒天のような、恵比寿様に似てるような??
まあ、江戸ですから大黒天かと思われますが、
そこら当りもまた「大体こんな感じ」感が出ています。

浄心寺のホームページを見てもこのおっさん仏に関してはノーコメントです。
このおっさん仏の身元が知りたい。
がっ!「秘してこそ花」の言葉があるように、
「秘してこそ大体こんな感じ仏」と私は敬うのです。

浄心寺のご本尊は阿弥陀如来、右に十一面観世音菩薩、左に勢至菩薩。
浄土宗ではこの組み合わせが多く、スタンダードな組み合わせですが、
この門前のおっさん仏と違い、ご本尊はとてもゴージャスです。

浄土宗・浄心寺
東京都文京区向丘2丁目17-4

屋形船

屋形船に乗ってみました 何年ぶりでしょうか?
ネットで調べるといろいろなコースがあり 迷いましたが
地元の千住の「濱田屋」さんのスカイツリーコース4800円を選んでみた
乗船場所は勝ちどきから結構盛況ですねえ
男女 男同士 家族 おばあちゃんと孫 などなど
隅田川を眺めることはあるけれど 川の上からは滅多にないので 結構観光気分が味わえますハヤシライスやら串揚げやら いろいろ出てきましたが 美味しいじゃなの!!
ビールもハートランドがあったので迷わず注文 旨い!
このコースは飲み物持ち込み可だったので ウーロンハイも持参このコースはスカイツリーを回るコースでしたが スカイツリーは見飽きているものの
船上からのスカイツリーはまた格別
西の東京タワーに完全に勝った感が下町の私の心を鼓舞させます屋形船はいろいろな橋をくぐったものの橋の名前はあまり覚えていなのですが
隅田川に掛かる橋って結構重量感があってなかなかの構造物ですなあ
途中 隅田川で釣り船 ジェットスキー ボートなどなどに遭遇し
隅田川で遊んでる人って意外に多いんだなあ と実感屋形船って夜景を見に行くイメージがあったけど
昼間の屋形船も開放感があっていいねえ 景色も綺麗だし
後 老舗の店とか老舗の会社って 看板を隅田川からも見えるようにしているつーのを発見 粋だねえ
青空の広がる夏にもう一回乗りたいな~ 涼しそうだぞお
帰りに橋の上から濱田屋さんの屋形船をみると 従業員の姉さんが思いっきり手を振ってくれました!
なんか感激!やっぱり夏にもう一回乗りますよ

濱田屋
〒120-0022 東京都足立区柳原一丁目14番5号
TEL.03-3881-2314

蕎麦・寿司・天ぷらの次は「鰻」


蕎麦・寿司・天ぷらの話を書いたので 次はやはり「鰻」
鰻もここらへんは結構多いな〜
永井荷風は「幸せとは?」と聞かれ
散歩に行くときに財布に鰻と少々の酒を呑む銭があるのが幸せの基準だと言っていたらしい



気になるお店は数あれど 良く行くのは 千駄木の「山ぎし」
自分 鰻って何か進んで食べないんだよねえ 一年に3回くらいか?
だんだん体力も気力も無くなってくる歳なので1ヶ月に一回くらいは食したいものである

鰻は川魚だから 泥鰌もあれば当然 鯉もある
鯰も置いている店もある
今回は「鰻」を食べるのはもちろんの事 「鯉の洗い」が目当て
先日出張で長野のブランド鯉「佐久の鯉」を食べる予定が狂い出張に行けなかったので
頭の中は「鯉の洗い」で一杯なのです
新鮮で臭みのない「鯉の洗い」は醤油とわさびでいただける
ここの「鯉の洗い」もブラボーなお味 旨い!日本酒に合う!
さすが魚の中では「鯉」だけは別格で海魚より上と言われるだけある
昔は祝いの魚は「鯛」ではなく「鯉」だったと聞いたことがある
「鯉の洗い」が旨かったので次は「鯉の洗いのカルパッチョ」も注文!
満足でげす

「山ぎし」さんは飲み屋で使えるメニュー構成 値段もお安い
しかしなんと言っても美味しい!
小銭が貯まったらまた食べに行こう〜っと

鰻の山ぎし
東京都台東区谷中3丁目139
03-3827-5763
営業11時00分~14時00分, 17時00分~20時00分
定休日火曜日