根津神社例大祭

あいにくの雨となった、2017年9月17日(日)の根津神社例大祭。にも関わらず、大勢の担ぎ手が参集した。上記は開始前の片町町会の御酒所の前である。御酒所は、言問通り沿い北側の、根津交差点から谷中の坂(善光寺坂)へ向かう手前に設置される。

ここでは、根津片町町会の神輿について取り上げ、いくつかのシーンを追っていきたい。写真は適宜追加し、加筆予定である。


根津のランドマークである串揚げ屋「はん亭」横の路地を入るところである。はん亭建物は日本家屋である部分を残しており、重要文化財に指定されている。建物背景の上空は明るく見えるが、雨は降り止まない。



神輿の順路は、以下の通りである。

根津片町町会御酒所
→根津片町西側路地を北上
→右折して観音通りに入り東行
→谷中との境界である旧藍染川の通りを南行
→言問通りを西行し御酒所前を通過して根津交差点を左折
→不忍通りを南行し左折ののち、はん亭のある路地に入る
→言問通りに戻り根津交差点を右折して不忍通りを北上
→「根津神社入口」で左折し西行、表参道から根津神社へ入る
→根津神社を出て東行し、そのまま直進して藍染大通りへ入る
→藍染通りを西に逆行して左折し、不忍通りを南行
→根津交差点を左折し御神酒前に戻る

以前は、最後の御酒所に戻る前に、根津の南にある宮永町方面へ何度か練り歩くこともあったそうだ。

 


根津交差点に入るところである。今年で見納めの吉野家の看板が見える。根津交差点の吉野家は2017年8月末で閉店した。不忍通り拡張工事に伴うセットバックのためである。年を経るごとに、街の風景も少しづつ変わっていく。


根津神社に入るところである。少し見えづらいが、神輿の奥の暗がりに、根津神社の石碑が確認できる。神社境内に入る頃が、最も雨が強かったか。

ちょうど写真に写っている片町の半纏について少しご紹介。片町の古いタイプの半纏の背中部分には「根片」の文字が、新しいタイプの半纏の背中部分には「片町」の文字が描かれている。


根津神社を出た後、藍染大通りへ入っているところ。ここまで来ると、雨で半纏が、相当濡れて重くなっていた。すでに提灯に明かりが灯っている時刻だ。

 

ヱビスビール

根津、筆者自宅近隣にて琥珀ヱビスを一杯。色も美しい。

好きはビールは?と聞かれれば、何と言ってもヱビスビールである。昨今東京では様々なビールを飲むことができる。サッポロ黒ラベル、プレミアムモルツ、カールスバーグ、それぞれ筆者はお気に入りである。気候、料理との取り合わせ、それと体調など様々な要素との相性もある。しかし、ビール単独で、と言われると、やはりヱビスビールに帰ってくるのである。

明治23年(1890年)、「恵比寿麦酒」が発売された。本格的なドイツビールを、ということでドイツ人技師(カール・カイザー氏)を招いた上で生産された。当時は高価品であったが、差別化も成功したのか、たちまち人気ビールの座を獲得した。

ちなみに、「恵比寿」の地名は、現在の東京・恵比寿の工場(現在は、恵比寿ガーデンプレイス)があったことから命名されたものである。JR恵比寿駅も、当初はヱビスビールを搬送するために開設されたものだ。

ヱビスビールの美味しさは、やはり「ビールを飲んだ」という納得感ではないだろうか。麦芽、ホップの使用量が多く、長期熟成しているとある(サッポロビール公式ホームページより)。うん、これは美味しいでしょ(笑)

あとは香りだろうか。体調にもよるが、ホップの香りが鮮烈で、刺激で味覚を活性化してくれる。なるほど、昨今は発泡酒も美味しい。しかし、香り、他にも飲みごたえとなると、かなわないのではないか。(よくよく考えると、子供の頃感じたあの苦くてとても不快な感覚の記憶はいったいどこへ行ったのやら。人も歳とともに、こうも変わるとは。。。)

ビールシェアトップの時代もあったが、現在は他ブランドに押され気味か。プレミアムビールのカテゴリーでは「プレミアムモルツ」とバトル中である。やはり、筆者は好物のヱビスビールを応援したくなるが。。。

ビールの歴史は古く、農耕文明の先駆けと言われるメソポタミアにて古代シュメール人の時代、またはそれ以前から作られていたようだ。大麦は、小麦と異なり製粉が容易ではなかったが、麦芽の状態にすると消化が良くなる。ビール作りは、消化の良くなかった大麦を、消化の良い麦芽パンに加工していく試行錯誤の中で、派生して発生したと考えられている。また保存性を高めるため香料などが添加され、やがてホップも加えられるようになった。

やがてビールはヨーロッパへ伝わった。ギリシア、ローマでは当時、麦類の育成が良好ではなく、またビールは辺境民族の飲料とみなされ、下等な飲料とみなされていたが、ゲルマン民族、後のドイツ系民族は、現代に通じるビール醸造術を育んでいった。

アサヒビールのサイト情報は、上記のビール歴史について詳しく面白い。宜しければ一読されては。

http://www.asahibeer.co.jp/enjoy/history/asia/as_history.html

ヱビスビールに合う料理の紹介も行いたかったが、取材が充分に追いつかないこともあり、後日順次掲載予定である。

いずれにしても、ヱビスビールは明治時代の東京が育んだ本格ビールであり、多くのビール党に愛されてきた。ビールやヱビスビールの脈々たる歴史を感じながら、飲んでみるのも一興ではないだろうか。

根津と池之端の境界にて

文京区根津は、江戸時代に根津神社の門前町として栄えた。根津の名前の由来は、神社説と地形説がある。

根津は、西に本郷台地、東に藍染川、南に不忍池に囲まれた土地だった。

こちらは現在の根津の南端である。写真左側のマンション(旧弥生会館跡地)は根津側であり、写真右側は「上野グリーンクラブ(日本盆栽共同組合)」は池之端側である。江戸時代には池之端側は埋め立てられる前の不忍池の一部であった。ここから南側(写真左方向)には上野動物園・西園があるが、いずれも明治時代に埋め立てられた土地である。

根津の南端は、不忍池に面してお玉ヶ池、隅田川を経由して江戸湊まで水路でつながっており、「波止場」の時代があったと想像される。根津地名の地形説は、ここから来ている。なお、江戸時代後期に入り、お玉ヶ池は埋め立てられ消滅している。

根津、池之端を画する境界は、「藍染川」のあった道である。藍染川は、元々は石神井川の本流と言われ、不忍池に注いでいた。1964年の東京オリンピックを前に完全に暗渠となった。



以下は、現在の文京区・根津2丁目の地図である。根津の南端と不忍池の位置関係を見て、当時の状況を想像されたし。

根津南端の根津/池之端境界付近で、藍染川暗渠のある場所である。左側が根津、右側が池之端である。この写真の真後ろへ藍染川が続き、不忍池へと注いでいたのである。

幕末頃の付近の古地図によれば、藍染川を挟んで根津と池之端にまたがって秋元但馬守の広大な下屋敷があったことが分かる。旧弥生会館跡に建つマンション(根津側)と水月ホテル鴎外荘(池之端側)を含めて、いずれも秋元但馬守の下屋敷であったのだ。

秋元但馬守として特に有名なのは、元禄12年(1699年)から正徳4年(1714年)にかけて老中を務めた秋元喬知(たかとも)である。戸田家より養子に入り、母方の祖父である秋元家を継いだ。正徳元年(1711年)には、甲斐国・谷村藩1万8千石から川越藩5万石へ転封になっている。川越藩の前藩主は柳沢吉保であり、またかの知恵伊豆こと松平信綱など老中など幕府要職に就くお歴々が治めている。川越藩主は、佐倉藩主に次いで老中就任者が多く、川越藩への転封は栄転と言えるだろう。

秋元喬知の事績として、元禄大地震の復興への尽力を含めた土木工事対応があるが、トピックスとして語り継がれるのは、宝永4年(1707年)の八瀬童子と天台座主・公弁法親王の争いに下した裁定である。これは比叡山延暦寺領への入会権を巡る争いであった。

秋元喬知は本件で八瀬童子の旧来からの権益を実質的に確保したことで感謝された。八瀬郷は京都の八瀬天満宮の摂社として「秋元神社」を建立し、秋元喬知本人を祭神として祀っている。毎年10月には「八瀬赦免地踊り(無形文化財指定)」が奉納されている。

なお近隣には、上述した松平伊豆守の屋敷跡地も存在する。それはまた別の機会に。

以下、「藍染川」の跡を少し先へ進んでみる。

先ほどから少し進んだところである。細い道が続いている。

この先を進むと根津側(左側)にかの有名なうどん屋「釜竹」がある。池之端側には中華料理店「BIKA」がある。やがて言問通りにたどり着く。

釜竹のうどん。いつ食べても美味しい。

元々「藍染川」であった道のため、この先も延々と続いている。言問通りに出る辺りからは、根津・谷中の境界と変わり、藍染大通りとの交差点を過ぎ、いわゆる「へび道」付近からは千駄木・谷中の境界と変わっていく。

以上で見てきた「藍染川」だが、現在の路地の幅そのままでないにしても、当時の川幅は狭かったのではないだろうか。道も傾斜はほとんど感じられず、むしろ平坦である。不忍池には、雨天時には上野の山からも雨水が流れてくるため、逆流することもあったようである。

そこで、現在で言う「言問通り」辺りから、藍染川の迂回路が作られた。「五人堀」と呼ばれた。根津交差点(言問通りと不忍通り)から南下し、串揚げや「はん亭」付近で路地に入り、不忍池へ注いでいた。

老舗串揚げ屋・はん亭はこちら。

付近のお薦めスポットを少し紹介。

根津と池之端の境界、池之端側の公園に、旧都電の車両が設置されている。東京メトロ千代田線が開通するまでは、不忍通り沿いには都電が走っていた。

 

2017年5月オープンした、NC(ナチュラルカレーレストラン)。根津の南の端にある。

こちらメニュー。健康によい食材が満載である。

筆者お気に入りの、キーマカレー、1,000円。玄米がなんとも嬉しいです。

<NC営業時間、アクセス>

営業時間:11:30~19:00 (水曜日のみ11:30~15:00)

定休日:日曜日

 

 

バランタインファイネスト

現在流通しているスコッチウィスキーの9割がブレンディッドウィスキーと言われている。昨今、1980年代、90年代以降からシングルモルトの愛飲家の割合が増加し、世上でもてはやされているように見受けられる。しかし流通量から考えるに、シングルモルト蒸留所の主たる関心はブレンディッドウィスキーの「原酒」としてシングルモルトを生産することに注がれているのではないか、と思えてくる。

ブレンディッドウィスキーとは、大麦麦芽を原料としたモルトウィスキーと、大麦麦芽以外の穀物(トウモロコシ、ライ麦、小麦など)を原料の中心とするグレーンウィスキーを、独自の比率でブレンドしたものである。各個別の銘柄の長所を上手く引き立たせ、それぞれの強すぎる個性をマイルドにしながら、飲みやすく配合されている。

バランタイン社は、1895年にヴィクトリア女王より王室御用達をお墨付き得ている。そもそも、スコッチウィスキーは、スコットランドがイングランドへ統合されていく過程で、強化される酒類への課税政策に反発し、密造酒として別の酒樽に隠していた中であの琥珀色などの独特の色合いや、特徴ある味わいが得られるようになったものである。他のスコッチウィスキーメーカーにも王室御用達を得ていることろがあるが、密造酒の「末裔(?)」たるスコッチウィスキーが、かつて対立した歴史持つ当事者の英王室からお墨付きを得ているのだ。何とも愉快な話に思えてくる。


1910年にスコットランドのバランタイン社より発売された「バランタインファイネスト」は、最も有名なブレンディッドウィスキーの1つである。日本では、現在は700ml瓶のサントリー希望小売価格が1,390円(税別)、スーパーマーケット等の小売店では税込で1,000円前後の価格で購入できる。

金額が手頃であるが故に、バーで500円以上の価格でグラス売りされると、原価との比較の上でなんだか損した気分になってしまうかもしれない。筆者も店売りのショットを口にした記憶がない。(上記の写真が初めて?)しかし、この1瓶の中には、なかなか軽んじることができない魅力があふれているものである。


まずは、内容云々の前に、ボトルのキャップに工夫が凝らされていることを指摘したい。同程度価格帯の700mlウィスキーボトルだと、コスト面からかコルク栓のものはあまり見られず、アルミキャップが多い。アルミキャップでは、経年と共にどうしても水分の蒸発が進みやすい。

バランタインファイネストでは、ボトルキャップの裏側に、プラスチック素材を取り付けており、瓶とキャップの、密閉度を高めて、水分蒸発を抑えている。コルク栓には及ばないものの、一定期間は品質劣化が抑えられるのではないか。

味わいの話に移る。バランタインの各銘柄は、「ピート臭」がアクセントになっている。モルトウィスキー製造工程で麦芽を乾燥させる際には、木材やガスによる加熱などの他に、昔ながらの「ピート(泥炭)」が利用される場合がある。ピートは、コケ、シダ、海藻類が堆積してできた、炭化度合の浅い石炭であり、スコットランド北部の原野でみられるものだ。切り出して乾燥させて上で燃料として使われる。ピートを燃料として麦芽を乾燥させた際に付着する、それぞれの特徴ある「ピート臭」は時として「スモーキーフレーバー」と呼称されることがある。

バランタインファイネストを口にして最初に感じるのは、「ラフロイグ」を思わせる印象的な芳香である。ラフロイグのもつ、海藻類に由来する、ヨード臭に似た鮮烈なピート臭は、一口飲んだだけで好きな人と嫌いな人を分けてしまうものだと言われている。現在は、バランタインのマスターブレンダーの公式見解は、「ブレンド内容を明らかにせず」の立場なので、正確にラフロイグが使われているかは分からない。

しかし、バランタインファイネストの「ピート臭」はまず入り口での刺激は感じさせつつも、すぐに甘い香り、味わいが包み込み、人によっては不快に感じることのある感覚を大いに和らげてくれる。個々の尖った要素を決して孤立させず、それでいて全体の中に要素を受け入れて、かつ、活かしている、これは「包む」という表現が最もマッチしているだろう。この「甘い」ことについての表現について、バニラ、蜂蜜、チョコレートなどの食材の名前がしばしば使われている。

アルコール度数が高いウィスキーの敷居を下げ、ウィスキーの裾野を広げたソーダ割という飲み方、いわゆる「ハイボール」の貢献と存在を否定する気は毛頭ない。ただ、やはり本銘柄のお薦めは、無理のない範囲内で一度はストレート、ないしはロックで試してみることではないか。

手頃な価格帯のウィスキーが多く出回る時代になった中で、これだけ多くの要素を織り込んだ、複雑な味わいを感じさせてくれる銘柄はなかなか見当たらない。普段使われていなかった味覚、嗅覚を活性化させてくれる。新たな世界を発見してみるのは一興である。