通貨あるいはマネー、と東京

「私に一国の通貨の発行権と管理権を与えよ。そうすれば誰が法律を作ろうと、そんなことはどうでもよい。」(マイヤー・アムシェル・ロスチャイルド)

 

通貨とは、厳密には、法制により保護された貨幣を指す。例えば、日本では中世に入ると中国大陸由来の宋銭が、取引上の貨幣として流通していたが、時の朝廷や幕府が発行したものではないため、これらは本来的な「通貨」ではない。しかしここでは、流通する貨幣を総称して「通貨」で通すこととする。

文明の発展には、経済規模の拡大および貨幣流通の発達が欠かせない。また高度化された文明は、文明に附随する文化、技術により生産される財貨・サービスをより洗練させ、外部世界に輸出されることで、通貨の流入や蓄積を促進する。両者は密接な相互関係を有している。

通貨の歴史は、古今東西、為政者と経済の担い手たちとのせめぎあいの繰り返しであった。急激な通貨量の流通、あるいは景気の過熱は、インフレーションなど通貨価値の変動の原因となり、一般民衆の生活を苦境に陥らせることが多い。為政者は統治基盤の弱体化を防ぐためにも、かかる変動の抑制や制御に動くことがある。為政者が通貨の交換レートなどを定める、あるいは貿易を制限する場合でも、意図した結果が得られるとは限らない。経済及び通貨自身、あくまでも経済的合理性の原理で動こうとし続けるのである。

宋朝では、銅銭本位主義を維持するため、銅銭を大量鋳造しつつも銅銭の流通範囲を限定する政策や、銅銭の海外流出を禁止する政策を行った。しかし銅銭流出を止めることは出来ず、同時に西アジアで広がりつつあった銀決済が浸透し始め、やがて銀本位に傾斜していく。(宮崎市定(1943)、「五代宋初の通貨問題」)

一方で、「通貨発行権」は発行者に少なくない差益を享受させる。当初便宜のため民間で発行された通貨預り証や通貨代用証券は、やがて「紙幣」と変貌していく。英語の紙幣を意味するnote、billはいずれも本来は小切手や手形を指すものである。紙幣の発行権は、信用保持のため、やがて為政者や中央銀行に限定されていき、彼らに多大な利益をもたらす。彼らが通貨発行量調整の政策を誤るとたちまちインフレーションが発生し、政権崩壊の危機が訪れる。

古代日本では通貨発行が行われた時期があったものの、平安時代の皇朝十二銭以降は発行が途絶えていき、コメや絹などの代用貨幣が使われる。続く中世は宋銭、明銭を始めとした「中国銭」の時代であった。日本が中国大陸との貿易を行う際の決済により流入してくる。時の政権が公認したわけでもない中国銭が転々流通するのである。同時に私鋳銭も出回り、絹などの代用通貨も使われた。

近世を迎え、江戸幕府により、その後長らく流通する官製通貨として「寛永通宝」が発行された。私鋳銭は一掃され、中世までと比べると、通貨流通は一定の安定性を得たのである。

江戸時代は、土地の価値や支配者の家格を標準的なコメの生産力で表す「石高制」の時代である。租税の中心は農民が耕作する水田の「石高」のうち一定割合(40~50%)を物納させる「年貢」であった。中国では、唐朝半ばを過ぎると、銭納を原則とする「両税法」が導入され、その後の財政国家・宋朝や以降の王朝では通貨による納税が基本路線となっている。比較すると、日本の幕藩体制下での租税方式は、銭納に傾斜していった中国とは対照的と言える。もっとも、江戸時代中期に至ると、貨幣経済の浸透からか、「年貢」が銭納の認められる事例が出てくる。

明治時代を迎えると、年貢に代わり通貨で納める「地租」が導入された。徴兵制などはあったものの、以後の租税は文字通り「税金」となっていく。

21世紀を迎え、通貨、あるいはもはやマネーというべきか、経済に不可欠なかかる「存在」は新展開を迎えている。

前世紀から拡大をしていたクレジットカード、交通系ICカードとそれに付随する電子マネー、携帯端末を通した電子マネー、毛色がやや異なるものの顧客囲い込みを目的とした各種のポイント制度、債券や株式などの有価証券類、実物資産を超えて大きな投資効果とリスクを持つ金融派生商品、果ては次世代の仮想通貨であるビットコイン。いずれも既存の通貨概念の範疇を超えつつも、濃淡こそあれ通貨としての性質を有するものではないか。

上記の「通貨」(あるいは「マネー」と呼ぶべきか)の共通する特徴に、政府や中央銀行の「通貨発行権」の統制下、もしくは強い統制下にないことが挙げられる。過去の歴史のように、時の為政者が発行する官製通貨と、利便性の高い代用通貨のせめぎあいが再現されるのであろうか。

現在は、西欧の産業革命に端を発したグローバリゼーションの名のもと、全世界が「単一の経済圏」へと統合させんとする流れに巻き込まれている最中である。利便性の高い代用通貨の出現は、官制通貨との共存と競合を重ねながら、幾度も既存の取引慣行、社会システム、政権などに変革を余儀なくさせ、あるいは崩壊せしめてきた。両税法にシフトし財政国家への変貌を遂げた中期以降の中国の唐王朝、大量流入した宋銭による経済変動に対処できなくなり崩壊した鎌倉幕府、世界中からの大量の銀通貨の流入を追認する形で銀納税制へシフトした明王朝、貨幣経済浸透への対応に振り回された江戸幕府、果ては記憶に新しいのは、膨張したサブプライムローンとその派生金融商品への制御を誤ったリーマンショックなどである。

日本も東京だけでなく、全国津々浦々、通貨なしで生きることの出来なくなっている時代にある。一人一人の各人はグローバリゼーションの流れからは、無関係では済まされない経済環境に直面している。時代の流れに迎合し追随するのか、それとも地域独自性を発揮する主体的行動に乗り出すのか、どちらの立場であっても。